先月、11/9に25歳になった。15歳の頃からもう10年も経ってしまったのに、15歳じゃなかったら許されないようなメルヘンな考えをまだ引きずっている気がするなど、例によって自分の年齢に馴染めない。

周りの大人もみんな、自分の誕生日のたびに、もうこんな歳だなんて信じられない、なんて言っている。いったい何歳までが自分の年齢にしっくりと実感をもって馴染めるのだろう。歳をとって嬉しくて、しかも自分の年齢に違和感がなかったのは、私は19歳くらいまでだったような気がする。

ずっとピアノをやってきましたとか、ずっと何かの分野を研究してきましたというようなことに比べたらちいさなことだけれども、17歳くらいから紙に日記のようなものを書く、というのをずっと続けてきた。なんとなく自分の中で今って節目だな、と思うようなときや、なんだか調子が悪いときには、定期的に、ノートを開いて左のページに今の自分の現実の状況を書いて、右のページに理想の状況(こうなっていたい、こんなことがしたい)を書いて、そこから矢印をひっぱって、それを実現するために具体的にどうしたらいいか というのを書く。

なんとなく調子が悪いときの調子の悪さの正体というのはたいてい、自分が何に困っているか、何が嫌なのかがはっきりと自覚できていないときに生じることが多い。そのようにして文字にすることで、ぼんやりした調子の悪さや心地悪さが具体的な課題として自覚され、それを解消するにはどうしたらいいか、という具体案にまで繋げられると、気持ちがかなりすっきりとして前向きになる。「漠然とした不安」が「具体的な行動」に変身する。

ひとりで静かにノートに文字を書きまくってひとりで勝手に元気を出す、誰にも迷惑をかけず、紙とペンだけでできる習慣。同時に、これは未来の自分に対してのプレッシャーにもなる。とにかく負けず嫌いな私にとって、「前に自分で決めたこと」「昔の自分が思い描いた将来の自分像」に負けることが一番悔しいし怖い。

そんな自分の習性を利用して、たまに◯歳までにこんなことをしていたい、◯歳になったらこうなっていたい、というのを決めておくことがある。

22歳の、新卒で広告会社に入社する日の当日、そわそわして2時間前に会社のある駅に着いてしまい、仕方ないから駅のドトールに入ってノートを開き、ものすごくわくわくしながら、志をめらめら燃やしながら、「3年後の25歳のときにどうなっていたいか」を書きまくった。「現実的にできそうな範囲内での目標」と、「どうしたらいいのか全くプランはないけど、なんでもできる前提でのやりたいこと」 と項目を分けて書いた。
わざわざご丁寧に、25歳の誕生日のときに結果を記入する欄まで設けてあって、そのページに猫のふせんがついていて、我ながらほほえましいというか、なんというか。

今よりずっと素直で無知で、社会人になるその日から、あらゆる機会がどんどん向こうから押し寄せてくるものと信じてひとりでどきどきしていた。

むかしから自分の考えを書いてきたノート。

 

これを11/9の、誕生日当日にひらいてみた。
できそうな範囲内での目標のところには、「この会社で大事なプロジェクトに加えてもらえるようになっている」とか、そんなような、そこそこ謙虚なものが書いてある。でも一方で、「なんでもできる前提での、どうしたらいいかわからないけどやりたいこと」の欄には、「世の中の人みんながびっくりする・楽しくなるようなものをつくるべく行動している」とか、「なんでも話せて一緒に夢を追いかけられる、信頼できる仕事のパートナーがみつかっていて一緒に世界に向けた何かを作っている」とか、「仕事で世界中に出張にいく」とか、「全然有名じゃない新しいものを、自分で企画して世の中に広める」とか、その他、空を飛ぶ等の、恥ずかしくてここには書けないようなとんでもない夢や野望がたくさん書いてあった。

どっちにしてもこの時点で、「無理かもしれないけど叶えたいこと」を自覚してしまった時点で、「できそうな範囲内での現実的な目標」を達成するだけでは満足できなくなるのは目に見えていたんだと思う。

25歳になって、こういうものを振り返って、確かに、あの時点ではどうしたらいいかわからなかったようなことが、今ちゃんと実現しつつあるのを感じている。

この3年間は波乱万丈で、会社に入って、辞めて、ひとりで起業して、それから今度は仲間と起業して、と色々やってきて。周りから大丈夫?と心配もされたけど、社会人の最初の半年が一番つらくて、そのあとはずっとすごく楽しい。
自分にとっては「今の自分のできそうな範囲内でのものごとをやっていく」ことには全然わくわくできなくて、常に、「現時点での自分の身の丈に合っていないようなこと」に向かって果敢にやってみる、そしてやっていくうちにだんだんと自分を無理やり成長させてそれを本当にしていく、というスタイルでしか生きていけないんだというのを強く自覚した。

なんだかんだで最初の会社を作ってから2年くらい経ったけど、前にできなかったことができるようになったり(というより、できるようにならざるを得ない状況に追い込まれたり)、変化が激しくて仕事でドキドキする機会が多いのが大好きなので、起業というのは自分にとって、すごく楽しい生き方だなと思う。

少年漫画の主人公に、いつも大いに共感してしまう。例えば「海賊王におれはなる!」と子供だったルフィが宣言して、周囲から「何を言ってるんだこのガキは」と言われても、本人がそれを心から信じて必ず叶える覚悟で進んでいった結果、最近ではルフィもずいぶんすごくなってきたし、海賊王になりそうな感じがしてきている。少なくとも、「そこそこ強めの海賊になれたら別にいいかな」という意識では、今みたいにはなれていないはずで。ドラゴンボールの悟空とか、その他あらゆるヒーローが、こういうスタイルでどんどん強くなっていく。

私も、「こんなことがやりたい!」とか「ゆくゆくは世界に!」とか言いまくってきて、「若い女の子が何を言ってるんだか」と言われることの多かった3年間だった。心の中には少年漫画の主人公が住んでいるのに、パッと見の容姿は全然そうは見えないのもよくわかっているけど、それでもとても悔しい思いもした。

でもどうしようもない。私はバカだから、無理だろと言われても全然、無理だと思うことができないし、辞めておいたほうがいいよと言われても、辞めておいたほうがいい理由がわからなかった。自分が将来歳をとって死ぬということと同じくらいの確信をもって、絶対にできると思い込んでしまっているのだから仕方がない。でも、「今の」自分の身の丈に合っていないのはよくわかっているから、そういうことを言っていて違和感のないくらいの人間に自分がなっていくしかない。しかもその過程が何よりも楽しく、むしろそれが一番うれしくて生きていると思う。事実、特にこの1年は、今までの人生で一番楽しい1年だった。

そんなこんなで、無理かもしれない目標をたてておくと、現時点ではどうしたらいいかわからなくても、将来の自分が意地でもなんとかしてくれるという事実をみつけた。これからもそうやって思い通りに生きていきたいし、自分をどんどん鍛えて、私も海賊王くらい強くなりたい。

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ちなみに誕生日は、ウケ狙いも兼ねて焼きたてパンのTシャツを着て実家(群馬)に帰り、弟の手作りの本格タンドリーチキンと、ママが作ってくれたおいなりさんを食べながら、赤ワインなどを飲むという料理のジャンルが謎の素敵なお祝いをしてもらった。

お誕生日メッセージをくれたみなさま、ありがとうございました。今年もがんばりますので、引き続きどうぞよろしくお願いします。