さっきふと、小学生の頃に校庭にみんなでタイムカプセルを埋めたのを思い出した。中学の卒業式の日に集まって開けることになっていたんだったかな、でも、行かなかった。「まだ空を飛ぶ練習をちゃんと続けていますか?」とか書いていた記憶がある。練習は辞めてしまっていたので後ろめたい気持ちになりそうだったし、いっしょに行く人も思いつかなくて、なんとなく行かなかった。何人かがしっかりと集まり、タイムカプセルは無事に開けられたという噂だけ聞いた。でも私のは、たぶん開けられないままどこかにいってしまったのではないかと思う。

そういえば、小学生の頃仲良くしていた女の子とも、ふたりでタイムカプセルを埋めたことがあった。カメラのフィルムのケースにお手紙とか大事なものを詰めて、学校の木の下に埋めたはず。なにを書いたんだったか、たぶん「今も親友でいますか」みたいなことは書いていた気がする。その子とはだんだん遊ばなくなり、疎遠になってしまって、もはやなんの交流もなくなってしまった。15年くらい経った今もあのケースは埋められっぱなし。なんとなく場所は覚えてるんだけど、きっとこの先もずっと、開けられることはないと思う。

「開けられなかったタイムカプセル」というのは、なんだかせつないものですね。わくわくしながら埋めたときの気持ちが、少しずつ、風化していく。

確実に開けることができて、その内容に将来の自分が傷つかないで済んで、しかも一緒に埋めた人との関係が確実に良い形で続いていることがわかっていないと、もう怖くて埋めることなんてできないなあってふと思った。