歩き疲れてふと入ってみた喫茶店の壁に、立体的な油絵が掛けてあった。額のなかにいれられているからもちろん触ることはできないけれど、指で撫でたらざらざらとして、もしかしたら怪我をしてしまうかもしれない。そのくらいに、物質としてとげとげしい絵だった。だけど触ってみたくなる。ガラス越しに、肌のうえに感触を想像する。

 

どうやって描いたのかわからない。しかし、こうやって素人が抽象画を鑑賞する際考えてしまいがちな「これなら自分にも描けそう」という気持ちには、まったくならない作品だった。赤と緑と黄色がメインで使われていて、その中にピンクと青とオレンジの細い筋が何束も連なっている。何のシーンだろう?

 

「色々な服を着た大勢の人たちが何らかの事情でみんな死んでしまって、血が大量に流れている。その横に、いつも通り鮮やかな緑の森林と、いつも通り照りつける黄色い太陽の光が横たわっている。」思い浮かぶのはそんな説明だった。

 

さっきまで騒いでいた3人組の男性客はいつのまにか帰っていて静かだった。土曜日なのに仕事をした帰りのようで、全員スーツを着て、人生や会社やその他色々なものに対して苦情を言っていた。そのうちのひとりはすごく肌の色が白くて、赤い椅子が似合っていた。

 

店内には、外国語をしゃべっている20代くらいのアジア系の女性と、その連れの40代くらいの男性と、そして私だけしかいなかった。異国の言葉で、何を話しているのかまったくわからないけど、呪文みたいに綺麗な会話だった。

 

恐らく働き始めたばかりであろう若くて栗色の髪をした店員が、注文を2回繰り返して復唱したあと、キッチンに戻ってから、泣きそうな顔をして再度注文を聞きにきた。「ブレンドをお願いします」とできるだけ明るい声で言ってみた。ありがとうございます、と言って下がったのちに、アイスかホットかをまた聞きにきた。「ホットでお願いします。」

 

店内を改めて見直してみると、油絵はあちこちに飾られている。そしてほとんどが花や植物の絵だった。もしかしたら私の左の壁のこの作品も、色とりどりの花の並ぶ花壇とか、そういうテーマなのかもしれない。酷い説明を想像してしまってなんだか申し訳なく感じた。

 

ブレンドは普通よりかなり苦い味だった。さっきの店員がカップをぎこちなく置くときに少しこぼれてしまったようだった。でも、注文されたものを運ぶ、というその動作に必要以上の緊張をもって取り組んでいる、そんな姿に接することで、少しあたたかい気持ちになる。何においても、真剣な人をみるのは気持ち良い。いつもはストレートで飲むことにしているコーヒーに、今回はミルクを注ぐ。こういう種類の喫茶店は、カップとソーサーがかわいらしくて好きだ。10641249_643661422399107_6095127441402321317_n銀座みゆき館

 

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