本を読むのは大好きだけど、かなり好き嫌いが激しいほうだと思う。好きな作品は100回でも読み返すけど、好きではない傾向の作品は読むのが苦痛で、冒頭で辞めてしまう場合もある。できれば好き嫌いなく色々なものを吸収したほうが良いのかもしれないけれど、まあこれは、食べ物の好みと同じことで、ある程度は仕方がないのかなあと思う。そこでメモとして、自分の好きな小説の傾向(共通点)と、恐らくその理由と思われるものを書いてみることにした。

①直接的な感情描写が少ない

淡々とした文章が好きだ。悲しいことがあって泣いてしまったとしても、「どうしてこんなことになってしまったんだろう。悲しくて悲しくて、涙が止まらない。」というような「心の声を直接書く」という手法があまり好きではない。「私は涙を拭くことさえせずに、ただ手のひらを強く押さえつけていた。」とか、「ひととおりそれらの出来事を思い出してから私は泣いた。」とか、なんかこう、さっぱりしていてくれるのが好きだ。究極は星新一さんのショート・ショートで、登場人物がいたって淡々と、シンプルな描写で行動している。

②俗世間っぽいもの(アイテム・食べもの・行動)が登場しない

なるべく携帯電話などを使用してもらいたくない。あとは、よくあるコンビニのお弁当みたいなものを食べないでほしい、例えば「コンビニで買ってきた冷えたお弁当を、」とかならOK、でも「コンビニで買ってきた牛カルビ弁当を、」はNG。サンドイッチ、スパゲティー、おにぎり、水、サラダ、ビール、ジントニック、マルガリータ、ワインなどはOK、一方ロコモコとかそういう系のカフェででてくるようなごはん、カシスオレンジ類の飲み放題っぽいカクテルなどはなんだか美しくないので小説内では登場しないでいただきたい(ロコモコ自体は好きだけど)。メールを送る、とか、あとは「『マジで○○だよな!』とユースケは言った。」などの表現も排除した世界が良い。つまり生活感の濃い文章が好きではない。恐らく単に、ある意味現実離れしたものを読みたいからだと思う。

③登場人物の数、名前があまり多く出てこない。

極論、「K」とか「博士」とか、「エヌ氏」とか、そういう記号的な人物が1〜3人しか出てこないものだと非常に気持ちよく感じる。一方「田中○○」とか「○○太郎」とか、そういうふうに実名の(日本語の)名前がずらずらと出てくるとなんだか疲れてくる。不思議と、日本名でなければ少しは我慢できる。

④具体的なベッドシーンの描写がない

これは非常に重要な要素で、もしそういうことを行うシーンを描くとしても、漠然とした描写にしてほしい。行為自体が汚いものだとはまったく思っていなくて、それはある意味では美しい営みであると思っているのだけど、それにしても「○○の○○が○○の中で○○〜」とかそういうのは、全然綺麗じゃないので本当に辞めてもらいたい。一気に俗世間風になって、非常に気持ち悪い。なんだか場合によっては、「文学っぽさ」を出すために、必然性もなくわざわざそういったシーンを書いているようにさえ見えるケースもあってとても心地悪い。

 

もし描くのであればそういった最中に女性の肌にあらわれる赤みを取り上げるとか、もしくはいれたばかりで置いておいたコーヒーが冷たくなったことに触れることで、そのベッドに入っていた時間の経過を暗示するとか、そういうのだと綺麗だなあと思う。最近気に入った描写は「アンドレ・ブルトン著 巌谷國士訳 『シュルレアリスム宣言 溶ける魚』」のなかの次の一文。

 

「私がもはや<あらゆる光に盲目な女>あるいは<アルビノス門>としかよばなくなっていた女は、そのとき溜め息をつき、私をそばに呼びよせた。私たちは家具のなかにおこる不協和音よろしくながながと愛をいとなんだ。」

 

薄いベージュが基調となった古い部屋で、白い布のなかで幻のような男女が抱き合っている絵が浮かぶ。
これはすごくきれいだと思った。

⑤色恋沙汰が発生しない

ラブストーリーというのがそもそもあまり好みではない。具体的になればなるほど、現実味がありすぎて興ざめする。「コータ」とかいう大学生が飲み会で、隣に座っていた「ユミ」とかそういうような人に恋をして、勇気を出してメールを送ってみて、とか、そういったものはつらい。あと浮気や不倫、愛人などといった話は、ぶっちゃディズニーレベルの純愛を信仰している私としては「そういう汚い世界が世の中にあるんだ」というのを見せつけられるような気がして、悲しくなるので小説として文字で読むのはなるべく避けたい。

 

一切恋愛事が発生しないのが理想ではあるけど、発生していたとしても、上記のアンドレ・ブルトンの作品のような、夢のなかのような漠然とした描き方だと美しく感じる。ただし倒錯した愛、などの類はある意味、美しいので楽しく読める気がする。

 

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自分が好きと思う作品、苦手と思う作品の違いをこうして羅列してみると、いままでなんとなく「どうしてもこれは読めない」と思ってしまい閉じたままになった作品と、陶酔感を味わいながら何度も何度も麻薬をむさぼるようにページをめくってきた作品との、違いがはっきりしてなんだか納得した。

なんといっても、そういった意味では夏目漱石さんの「夢十夜」とか、フランツ・カフカの「城」とか、シュルレアリスム宣言の「溶ける魚」などが、美しいなあと感じる。私はある意味、詩のような感覚で小説を読んでいるのかもしれないな、と思った。