「へえ、文学部だったんだ〜。ねぇ、関口さんって村上春樹は好きなんですか?」

こう尋ねられたときの対応の難しさは、もしかしたら経験のある方もいるのではないかと思う。
村上春樹氏は日本を代表する小説家のひとりであるというのは有名だが、彼の作品については賛否両論あり、好みが分かれる場合が多い。
なんとなくだけど適当に分類すると(読んだことがある人に限る)、

① 村上春樹が(というか彼の作品が)好きな人
② 村上春樹が好き、そんな自分が好きな人
③ 村上春樹が嫌い(作品が好みではない)人
④ 村上春樹が嫌い、そんな自分が好きな人
⑤ 村上春樹が嫌いなので、「村上春樹が好き」、そんな人が嫌いな人
⑥ 村上春樹が嫌いで、「村上春樹が好き」、そんな人が嫌いで、そうやってある種の人たちを嫌い、批判することができる、そんな自分が好きな人
⑦ 私はどっちでもないですよ(村上春樹の作品にはいい面もあれば悪い面もある、なのでどちらでもない。「海辺のカフカ」は好きだけどノルウェイの森は個人的にあんまりしっくりこなかったしな〜等)という人

などなど がいらっしゃる。

先に言っておくと私は①ではあるが②ではない、少し⑦というところかなと思う。春樹さんの文章は、昔あまり得意ではなかったが慣れてくるとすごく読みやすいという気がしていて、すっと入ってくるのでリラックスして読めるし、彼の翻訳した海外の作家の作品(グレートギャツビー、ティファニーで朝食を、キャッチャーインザライ)はもっと好きだ。「ティファニーで朝食を」はもう100回近く読んだと思う。卒論でも村上春樹さんに関係することをテーマに書いた。(※理系のみなさん、びっくりするかもしれませんが、世の中にはただ小説を読んで、関連した文献を漁り、先行研究を並び立てたあとに自分の見解を述べる、という作業+たくさん文章を書く気合いさえあれば、実験などを一切しなくても一応は卒論が書けてしまう恐ろしい学部もあるんですよ。)

ではなんで「はい!私、村上春樹さん好きです!」と言えばいいのにちょっと困るのかというと、この世の中にはけっこうたくさん、⑤や⑥のタイプの方がいるからだ。

「村上春樹好きなんですか?」という質問の裏にある心理として、下記に大別できる場合が多い。

A. 質問者は村上春樹が好きで、「この人も好きなのかな?」と思って聞いている。
B. 質問者は村上春樹が嫌いで、「この人はどうなんだろう?」と思って聞いている
C. 質問者は村上春樹が嫌いで、且つ、「村上春樹が好きな人」が嫌いで、且つ、そんなふうにある種の人を嫌いである・批判できる自分が好き、あるいはそれを誇示したいと思っている。もしくはそういう人を見つけたら、気に入らないので攻撃しようと思っている。

 

Aの場合、「好きなんです」と答えれば「わ〜!僕も春樹好きなんですよ〜!」と話が盛り上がるのですばらしいのだが、Bの場合「ふうんそうなんですか、僕はちょっとあんまり良さを感じないんですよね〜。やっぱり人気なんですねえ。」となり、それはそれで良いと思う。意見や見解が違うのは興味深く、おもしろいことなので。そういう方の意見もかなり参考になるし実際共感する点も多い。私が恐ろしいのはCの場合です。

Cさん「うわっ!村上春樹好きなんですか!へえ文学をやっている人でもそういうことってあるんですねえ(暗黒微笑)。僕はあれは文学だと認めてませんけどね^^(まああなたはそんなことも理解できないアホなんでしょうねえ)どんなとこが好きなんですか?しょっちゅうシャツにアイロンかけ続けるあたり、とかですかね〜?w あれ、そもそも純文学って読んだことあります?まあ、ないですよね〜〜〜^^;(やれやれ、世の中には本質をわかってないヤツが多くて疲れるぜ)」

私は自分と違った意見を聞くのはけっこう好きだが、(つまりBのタイプの人と村上春樹について語り合うのは好き)そもそも始めから喧嘩腰な人と、お互いの意見の潰し合いをするのは大嫌いなので、こういうケースになりそうになったらさっさとしっぽを巻いて逃げることにしている。

「そんなことより一番好きなのはフランツ・カフカの『ある戦いの描写』という作品なんです!男が夜会を抜け出して急に空を飛んだり、別の男の肩の上にまたがって砂漠を歩いたり、殺しが行われそうになったり、ピアノを弾こうとしたり・・・読んだことありますか?」(これを読んだことのある人にはいまのところ一度も出会えていないので、たいていここで「・・・?」的な寂しい雰囲気になり、春樹トークはいずれにしろ終了する。)

 

だから「村上春樹好きですか?」と聞かれたときなどは、相手の表情を気にして答えに窮してしまう私です。相手が嘲笑的な表情で言ってきたときには「はい、まあ作品にもよりますけど、はい、とはいえ春樹さんが翻訳している海外の作家さんの作品なんかがさらに好きだったりとか、」などといった言葉を控えめに口にする。

ちなみに先日ある飲み会で「お前、○○(業界のある有名人)のことは好きなのか?ああいうヤツのことどう思うの?!」といきなり知らない40代くらいの男性に絡まれ、明らかにそのときの表情が【嘲笑モード】【怒りモード】だったのでびびった私は、「いえ、あんまり知りませんし特に好きでも嫌いでもなくて、えっとでもまあ、色々がんばっているようなのでそれはそれでがんばっていただければ、とは思っていたり、」などと曖昧に言っていたら、

「ほらやっぱりここにもこういうヤツがいた!○○のことが好きなヤツとは口も聞きたくねえ!」といきなり怒鳴られました。急に絡まれて怒られるなんて理不尽きわまりないですが、「初対面の40代男性と、よく知りもしない○○さんという方について喧嘩する」というのは本当に無益なことのように思えたし、私は平和に梅干しサワーが飲みたかっただけなので、何も言い返さなかった。私は仕方なくおしぼりを正方形にして、おりがみみたいにして折ることで気持ちを落ち着けようとしました。

こういうことー相手の嫌いなものを否定しなかったために、その相手から批判されることーって、ちょこちょこありますよね。(ちなみに○○さんのことは本当にあんまり良く知らなかったし、好きでなかったとしても「嫌い」になることはないと思う。というか自分に直接危害を加えてこない人を、嫌いになることなんてほぼない。)

今回村上春樹さんの例を出しましたが、その対象が特定の「人」でも、「価値観」でも、「食べ物」でも「国」でもなんでも、

「自分が好きじゃないものを好きなヤツは嫌いだ!→なので攻撃しよう」という思想はけっこう多いようだなあ、と思ったので、メモしました。
平和に、やわらかい桃などを笑顔で食べて暮らしたい。

@mai_d_mai